台風のせいか、暑さのせいか、暑いと思っていたら思いの外に涼しい夜のせいか、ようやく大泣きをはじめた蝉のせいか、ついこの前地上に現れて空を飛んでいたのにもう死んじまってアスファルトに転がっている蝉のせいか、そのどれでもない世界のどこかで起きている僕の知らない何かしらのせいだか、とどのつまり皆目見当もつかないのだけれど、兎にも角にもなんだかざわつく夜なのでマイクを持って即興詩を録音してみることにした。
即興詩なので奇妙奇天烈で脆弱なものだけれど、いろんなものに寛容になれたらいいのにな、なんて自分に過度の期待をかけたい夜でもある。別に誰にも知られず削除してもいいかなと思ったけれど(それでも僕だけは知ってしまっているのだけれど)、空気を振動させて音になってみた以上はこいつ(この物語)も誰かの鼓膜を振動させてみたいかもな、などと考えて、現代文明を駆使して駆使して、一応、宇宙をぐるぐる回る衛星に内緒気味の伝言よろしくこっそり預けてみる。そのまま宇宙に放ってみる。これはお葬式にも似た儀式である。
そのまま出すと言っても宇宙へのひとり旅にでかける物語へのなけなしのはなむけとして、刺身(魚の死体を薄く切ったもの)に醤油(大豆の死体を腐らせたもの)をかける程度のニュアンスで、ちょっとだけ音を乗せた。これはお墓を作るというアクションにちょっとだけ似た作業ではあった。
『溶けやすい氷と生きている者』
14分14秒。イジイジした数字である。
意地と意思と意志が石のようになってしまって、縊死をせぬために医師を呼びたくなるところである。なんてダジャレを決め込むことくらいは許してほしい夜である。