「年中作品創りをし、発表し続けられる場所が欲しい」
僕はここで色々なことをやろうと考えているけれど、いつだって物語を話してもいい場所が欲しかったことが大切な理由のひとつです。
僕は物語を創る時には、誰かに話します。
突然友人に電話をしたり、呼び出したり、誰もいない時にはカフェや飲み屋に赴いて相席になった人に、もしくは公園で子供を集めて、構想中の物語のあらすじや場面なんかを語ります。感想を聞いて参考にすることもあるし、そうでないこともあります。
不思議なもので、相手のリアクションを見ていると、語るべき物語がわかって行くものなんです。そして物語がどんどん広がって行く。この「相談」を誰にするか、その相手がどんなリアクションをするかで作品が全然変わってしまうスリリングさも僕には心地よく、僕はそれをとても神聖な時間であると思っています。
そして、相手が好きな人であるほどに物語の塩梅が良くなるみたいです。
それは、僕にとって物語が大前提相手を喜ばせるためのものだからだと思います。
物語好きな仲間が住む村に住みたいと考えてました。
何かを思い付いたら共有スペースに行きアイデアを話せる場所。もしくは、誰かからの相談や身の上話も、僕にとっては物語の発想の種になります。出くわした笑い話、幸せな話、日頃の悩み、未来の夢、時には心の傷なんかを互いに話しているうちに、そこから物語が生まれます。
これはすごくシンプルに、友達と遊んでいるとどんどん会話が発展して行くよね、って、そういうようなことです。
で、素敵な思い出は永遠にして行くために、辛い思い出は浄化するために、そして、他の誰かを幸せにするために物語は作品になって行く。
で、日々の生活の中で物語を創り、完成したら村にあるステージで上演する、みたいな、そういうアトリエみたいな村に住みたいなと思っていました。
数ヶ月後に公演することを決定してそこに向けて仕事として物語を創るのも良いのですが、一方で、生活に根ざして、急ぎもせず、焦りもせず自然に生まれては育っていく物語も欲しくって。でも、現実には、僕ら住んでいる場所も人それぞれだし、活動時間帯も違うし、ご飯を食べるためにそれぞれ仕事があったり、家族がいたり・・・日常生活というのはそれぞれそれなりの事情と共に構成されていて、物語の村に一生涯肉体を住まわせ続けるなんてことは、みんなそう易々とはできやしないということも僕は流石に理解しています。
だからこうして、年中どこにいても心だけ飛ばして住み込める村を創ることにしました。
Part2へ続く...