ある家の、押し入れ

暗くて狭い押し入れ

その押し入れの中に箱があって、

その、狭くて暗い箱の中で、


おひなさま人形と、おだいりさま人形は、毎日毎日、過ごしておりました。


おひなさまが飾られるのは、1年で1度きり。

3月3日の雛祭りのちょっと前から飾られて、お祭が終わると、すぐに片付けられてしまいます。そしてそうしたら、雛人形たちは、また飾られるその日まで、ずーとずーと、箱の中で二人きり。


しかも、しかもです。

この家の場合は、「また飾られる日」が、随分と長く訪れていません。


まだ家の娘さんが子供だった頃には毎年飾られていたけれど、娘さんが大人になってしまってからはもう、てんで飾られることもなくなってしまって、実のところ、この二体の人形は、もう数十年もの間、ずっと押入れの中にしまわれたままなのです。


普通、こんな話をすれば「かわいそう」と思うかもしれないのだけれど、そんなことは全然ありません。おひなさまとおだいりさまは、いつでも、それはそれは、はしゃいでおります。


さあ、今年も、もう3月3日。雛祭りだと言うのに、ああ、押入れの中のおひなさまとおだいりさまは飾られることもなく、ただただ、箱の中におりました。 

おだいりさま「いやぁ、やっぱよかったよなぁ、雛祭り。思い出すなぁ。年がら年中、思い出すよなあ。」


おひなさま「そればっか」


おだいりさま「さくらーもちーー!」


おひなさま「必殺技みたいに言うじゃないか」


おだいりさま「ひなあーられー!」


おひなさま「あれさ、ひなあられって開けるときによく袋がバン!てなって、床にこぼしてたよね、あのこ」


おだいりさま「こぼしてた!色とりどりのあられたちがね、まるで宇宙の大星雲よろしく、こう、バーって床に散ったものだよ、星座でしたぜ、さながら」


おひなさま「ロマンチストめ。」


おだいりさま「雛祭り、みんなはしゃいでたよなあ!・・・あれは間違いなく、君が綺麗だからさ!」


おひなさま「私が?」


おだいりさま「そうさ!」


おひなさま「まあ、確かに、綺麗だなあ、かわいいなあ、って、わずか数日のうちにどれだけ言われたか」


おだいりさま「言うよ!誰だって言う!言うべきだ!君、だって、かわいいし、綺麗だもの!」


おひなさま「褒めるじゃないの  」


おだいりさま「亭主ですから!」


おひなさま「亭主だから褒めるの?」


おだいりさま「亭主じゃなかったらもっと褒めるだろうね。でも、一応、亭主だからさ。あんまり褒めすぎて言葉のありがたみが減ってしまうのはどうかと危惧して、控えめに控えめに褒めている。」


おひなさま「控えているのに、こんなに褒めるの?」


おだいりさま「もう、出会った時から片時も変わらない気持ちだけれど、ほんと、ほんと綺麗だし素敵だと思ってるよ。」


おひなさま「出会った時って・・・」


おだいりさま「なつかしいなあ。あの職人さん、今頃どうしてるかなあ、元気かなあ」


おひなさま「だいじにだいじにつくってくれたわよね、私たちのこと。」


おだいりさま「買ってくれた家族を幸せにしてくるんだぞー、って、ね。」


おひなさま「言ってた言ってた。」


おだいりさま「僕と君はさ、最初から、本当に最初から、夫婦としてこの世界にやってきたんだよ。」


おひなさま「・・・そうやって製造、販売されたからね」


おだいりさま「運命というのだよ。いやあ、・・・あのさ、ずっとずっと思ってたんだけどさ、あのね、きっと、ずっとずっと前から僕らはタッグ組んでると思うのだよ。」


おひなさま「ずっと前って?」


おだいりさま「僕らが今の僕らとしてこの世界にやってくる前のことさ」


おひなさま「前世、とかってこと言ってるの?」


おだいりさま「そう!きっと僕らは、太古の昔から、何度も何度も出会っては一緒に過ごしている!」


おひなさま「あー、まあ、ね」


おだいりさま「ねえ、あのコさ、どうなったと思う?」


おひなさまとおだいりさまは、箱の壁のほうに頬をピタッとくっつけて、耳を澄まします。


おひなさま「大人になったでしょうさ、あれからすごく時間が経ったんだから」


おだいりさま「僕たちが最後に飾られてから、どれくらい経った?」


おひなさま「数えてるわけないでしょ。何年も何年も、もしかしたら、何十年も、よ。」


おだいりさま「こうやって耳を澄ましてみても、あんまり外の音は聞こえないものね」


おだいりさま「ここんちのパパさんとママさん、いい感じだったよな。」


おひなさま「あー、覚えてる!買いに来た時、すごく幸せそうだった。」


おだいりさま「ママさんが率先して選んでてさ、これがいいね?これが良くない?とかって言うたびに、パパさん一生懸命に相槌入れてたよね。」


おひなさま「的外れだった気もするけどね」


おだいりさま「結局、ママさんが決めてたもんね」


おひなさま「それにしても、パパさんとママさん、頑張ったよねえ、私たち、安くはなかったものね」


おだいりさま「高級品さ!ま、値段のほとんどは君の価値だけどね。僕は、君のオプションみたいなものだもの」


おひなさま「何言ってんの。私の方がオプションよ。」


おだいりさま「それはない、ない。」


おひなさま「私たちってさあ、本当は子供たちの厄を請け負うのが本来の役割でしょ?」


おだいりさま「昔はね、そうだったって言うよね。子供の邪気とか、悪い運命とかを、全部僕たちが肩代わりする、それが僕らの存在意義だった。」


おひなさま「不幸とか、病魔とか、全部背負って、それで・・・」


おだいりさま「川に流されてたのよな」


おひなさま「流し雛ね」


おだいりさま「すごいよね!」


おひなさま「すごい!」


おだいりさま「でも、やぶさかでもないよね」


おひなさま「ね。」


おだいりさま「・・・ここんちの家族幸せにできるなら、どこまででも流れてくよね。」


おひなさま「海の向こうでも」


おだいりさま「銀河系の果てでもね」


おひなさま「出たあ、また、なんかロマンチックな単語出してくる。・・・あのさ、結構、絶望的な運命背負ってると思うんだけどさ、わたしたち。あんたさ、なんで終始、すごいげんきなの?」

おだいりさま「え・・・」


おひなさま「そもそも、年に一度しか飾られないってのもすごいしさ、挙句、だんだん、どうでもよくなっていくしさ、もっとそもそも、人間の悪いものを全部請負う、みたいな、すごい設定じゃん。普通、これ、心ズタボロでしょ。もしくは、よほどのバカでい続けるとか。狂ってるしか道がないよ」


おだいりさま「・・・祭にまつわる存在だぜ」


おひなさま「え?」


おだいりさま「雛祭り。祭りのために生まれてきたって・・・すごくない?」


おひなさま「それもそうね。」


おだいりさま「しかも、俺たちはさ、五人囃子とかも引き連れていないシンプル編成じゃん?もうさ、音楽とかは自分らで奏でるしかないってわけよ」

おだいりさまは、歌の調べを口ずさみ、箱を軽快な調子で叩く。タカタカタカタカタカ・・・

おひなさま「あんた、お囃子の才能あると思う。」


おだいりさま「音楽てのはさ、やっぱ、明るく元気な心持ちから発生するべきよな」


おひなさま「明るく元気、ねえ」


おだいりさま「いーーよほーーーい!」


おひなさま「おぉぉ、明るいねえ、元気ねえ」


おだいりさま「明るくいるしか、ないだろ?どんな運命だったとしてもさ」


おひなさま「確かにね」


おだいりさま「そもそもさ、夢があるからさ」


おひなさま「夢?」


おだいりさま「ここの家族が幸せになること」


おひなさま「・・・それは、ほんと、そうだね」


おだいりさま「それだけ本気で考えていれば、それが叶うこと楽しみにしていれば、毎日がほんと、輝いてる。それに・・・」


おひなさま「それに?」


おだいりさま「最高だよ、何もかもが」


おひなさま「なんでよ。なんでこんな暗い場所でそんなこと思えるのよ」


おだいりさま「君と出会ったからだよ」


おひなさま「へ?」


おだいりさま「君と出会って、今、君と一緒で、そして、何かしらの形で分かれたとしても、絶対にまた出会うからって、僕はそれを、か、確信してる」


おひなさま「来世、みたいな話をしてる?」


おだいりさま「うん、まあ、そうなるね。」


おひなさま「また・・・ロマンチストなんだから」

自分たち以外を幸せにするために力を合わせた二つの人形よ。

どうかお前たちも幸せでありますように。

ありますように。


おしまい。

じゃなくて、つづく。

いつまでも、いつまでも。


・・・・・・・・・・・・・・・・

あとがき

メリー雛祭り!と言うことで、今年で晴れて足して100歳になった「末原拓馬and末原康志」からのプレゼントです!


言わずもがな、雛祭りは女の子のための行事だもので、末原家でも我々、男二人はママとネネのお菓子類のご相伴に預かるのがメインでした。でも、お人形さん綺麗だし、好きだったなあ、雛祭り。なんか、優しい気持ちが満ち溢れていて、大好きでした。


今回は、「雛祭りの歌」を創ろうよ、と言うことで、父に作曲してもらいました。本当に優しいメロディで、小さい頃の素敵な気持ちを思い出してつい、涙腺がゆるみます。歌詞をつけるところまで行こうと思ったのだけれど、まずはインストゥルメンタルでお届けします。


朗読音源もどうぞ。テーマ曲ではない途中に入ってくる音楽は、父のソロアルバム『Bad Fingers』から「Stars」と言う曲を借りました。曲名は偶然なのですが、今回の物語を創る上で、「押し入れの中の雛人形たちが星空を想像する」、と言うイメージが頭の中にありました。


テキストも載せてみました。所々アドリブで読んだ気もするので、細かくは違うかも知れませんが。本当は、誰か女優さんをお呼びして二人でやろうかとも思っていたのだけれど、語り部のテイストにすることを重視して、まずは独りで読んでみました。深夜のアトリエでの録音なので、朗読がゆるゆるとしているのはご容赦くださいませ。


当初は、子供向けの物語にしようと思っていたけれど、やっぱり、いま自分が欲しいものが出来上がりました。