なんか深夜に、雑談めいたことを、このMonogatalinaという地下室で。本当はね、夜中にスッと焼酎の瓶でも持って集まれたらいいんだけど。でも、なんか、ここは、そんな気分になれる場所。助かってる。


つーかれた!です。


艶漢終わってようやく創作だけに集中するぞと思ったら、なんか、力が抜けたせいなのか「あらやだ、ちょっとくたびれているじゃない!」ってことに気付いてしまったんよ。いや、働いてる、終わってからも、早速働いているともさ。ま、「働いてる」てのは、なんか、周りに怒られないように言ってるだけ。遊び遊び。ぜーんぶ遊びだよ。真剣に遊んでる。艶漢も最高だったなあ。そのことは、また、書くね。


やっぱねー、コロナのことはそれなりにこたえてる。


悲しいのは、みんなの喧嘩。なんか色々パニックになってて、その様を見て嫌な気持ちになる人がいたり、その様を見て嫌な気持ちになる人を見て嫌な気持ちになる人がいたりもして、すごく、空気が悪い。パニックになっている人を見たら、怒っても仕方がないよ。だって、パニックなんだもん。怖がってんだもん。「お前はおかしい」とか「被害妄想!」とか言ったりしたら、どんどんパニックは増していく。


抱きしめるのがいいよ。「怖いんだね」、って。もう、すっごく優しくしてあげるのがいい。


僕らは、弱い。でもそれは、悪いことじゃない。


みんなが強かったら、世界に慰めの優しい言葉なんて生まれなかったろうからね。神様が子供を泣き虫にしたのは、お母さんに頭を撫でてもらうためだよ。その経験が、子供に愛の大切さを学ばせる。泣かないで頭を撫でてもらわない人生より、大泣きばっかりして頭を撫でてもらう人生の方がよほどに豊かだ。ハグも同様。パズルと一緒。別に、全部のピースを正方形にしたってよかったはずだ。でも、わざわざあんなにいびつな形にしたのは「ハマった時に気持ちいから」だ。


そんなようなこと無理矢理考えると、病気騒ぎが起きてるのも、とってもいいことだ。乗り越えると楽しいじゃんね。人生なんて所詮ゲームだと考えてみるのはどうだろうか。わざわざゲームを始めたのに、敵も出てこなくてトラブルも発生しないんじゃ、登場人物同士も仲良くなれないし、レベルも上がらないし、何よりも、楽しくない。みんなが仲良くなるためのイベントだと思おう。不謹慎?いいじゃんか。


病気そのものより、病気でみんながギスギスすることの方が僕はよっぽど怖い。ゾンビ映画でみんな学ばなかった?ゾンビそのものよりも人間の方が怖いよね、って映画じゃん、大抵。あんな愚かしいこと、絶対ダメ。みんなでケラケラ笑って、仲良くしているのがいいよ。絶対にね。


あと、どんな時にも言葉は綺麗でいたいな。そもそも、石を投げつけていい相手なんてこの世にはいない。言いたいことがあるなら、綺麗な言葉で言えばいい。なんて、ロックンローラーの息子がいうのも変だけどさ、相手にものを伝えたいなら、汚い言葉じゃ無理。「汚い言葉を言われた!」てことしか伝わらないものね。


あとは、僕は言葉に色とか匂いみたいなのがついて感じる癖があるから、実は悪い言葉が飛び交っていると気持ちが悪くなって頭が痛くなってしんどい。だから、できればあんまり汚い言葉に遭遇しないで毎日を過ごしたい。