もうずっと冒険していない大人たちへ

 

 

時折、思う。冒険したい、と。

いつもの朝、不意に普段と反対方向の電車に乗ってみたいという衝動に駆られたり。

駅貼り広告の、どこの国かもわからない青い海を、ただ時間も忘れて、ぼうっと眺めたり。

足早に急ぐ日暮れのオフィス街で、突然飛び込んできた大きな夕焼けに、なぜだか泣きそうになったり。

 

そのたびに思う、どこか冒険の旅に出たい、と。

 

 

 

考えてみたら、ずっと昔、まだ小さい子どもだった頃の私たちは、もっと自由だった。

行動範囲は、狭い学区の中だけ。今よりずっと小さな世界で生きていたはずなのに、そこは宝島みたいだった。

 

公園の中に転がっている小石やガラクタでさえ、あの頃の私たちにかかれば魔法のアイテムで。お母さんに見つかったら「汚いから捨てなさい」と叱られる鳩の羽を、私は大事に机の抽斗にしまい、こっそり取り出しては、何だか遠い国の小説家になった気分で、羽根ペン代わりにして遊んでいた。

 


 

あの頃に、戻りたいわけじゃない。

でも、無性に懐かしくなるときがある。

大人になるにつれ、たくさんのものを手に入れたけれど、それと交換するみたいに、小さな掌の中にぎゅっと握りしめていた大切なものを手放してしまったような、そんな気がするのだ。

 

時折どうしようもなく冒険したいと胸が疼くのは、どこかで落としたなくしものを、もう一度探しに行きたいと心が訴えているからかもしれない。

 

私は、おぼんろを観ると、いつもそんなことを考える。

 


 

おぼんろは、俳優であり、優れた作・演出家である末原拓馬を主宰とした劇団だ。彼らは、年に12本のペースで舞台公演を上演し、その他様々な表現活動に取り組んでいる。

 

紛うことなき演劇団体なのだけれど、なんだろう、彼らの芝居に足を運ぶその行為は、観劇とも、舞台鑑賞とも違うような。もっと原始的で、もっと祝祭的で、遊びと驚きに満ちていて。たとえるなら苗場まで野外フェスに行くような、あるいは路地裏に構えた小さなアトリエを覗くような。そう、ここまで書いて気づいた。

 

おぼんろを観に行くということは、冒険の旅に出ることと、ちょっと似ているのだ。

 

 

潮風の草原に現れた、世にも不思議なテント

特に、昨年11月に上演された『キャガプシー』は、冒険そのものだった。

 

会場は、葛西臨海公園。潮風薫る草原に、突如手品のようにして建てられた特設テントで、おぼんろの物語りは始まる。

 


 

私が訪ねたのは、ある夜の回のこと。葛西臨海公園駅を降りて、深い森のような木々の間を抜けていく。夜の葛西臨海公園は不気味なほど静かで、街灯もほんのわずか。普段都会で生きていれば滅多に感じられない完全な暗闇と静寂が、辺り一面を覆い尽くす。何だか立入禁止の洞窟を探検しているような気分だ。スマートフォンのライトを松明代わりにかざして、怖じ気づかないようにと口の中でお気に入りの歌を唄う。

 


 

しばらく歩くと、ふと視界が開け、前方に広大な野原が広がる。その向こうにかすかに灯る紫の光が見えた。あそこだ。あそこが、テントだ。夜のサバンナを彷徨う旅人が、集落の明かりを見つけたように、私は息急き駆け出した。

 


 

おぼんろのテントは、奇妙で、あやしげで、一種異様ないでたちをしていた。煌々と照らし出されたその威容は、異国の遊牧民たちのゲルにも見えたし、闇夜に浮かぶ魔法使いの城のようでもあった。

 

中に入れば、その幻想的な印象は一層深まる。天井からは万国旗のような布切れが吊られ、アンティーク調のランプが宙に揺れている。雑多で、統一性も規則性もない。それもそのはず。テントの資材に用いられたのは、参加者(おぼんろでは観客のことをこう呼ぶ)から集めた不要品ばかり。上等な特注品なんて何一つ使っていない。布の切れ端をつなぎ合わせ、傷んだ家財道具を無造作に並べて、世界にひとつだけの空間を編み上げる。それこそ、小さい頃、家の中のものをひっかき集めて、押し入れの奥に自分だけの秘密基地をつくったみたいに。だからだろうか、ゴチャゴチャとしているのに、不思議と落ち着く。

 


 

座席も特に指定されていない。地面に敷かれた座布団の中から、好きな場所を選ぶ。腰を下ろした瞬間、そこが自分だけの特等席。この位置、この角度からしから見ることのできない景色が広がっていく。

 

もしかしたら、あまり演劇に馴染みのない方からすると、お芝居というのは舞台と客席があって、観客は舞台上で役者が演技をする姿を、襟を正して見届けるもの、というようなイメージがあるかもしれない。けれど、おぼんろの物語りに関して言えば、その常識は当てはまらない。

 


 

おぼんろの語り部(おぼんろでは俳優のことをこう呼ぶ)たちはどこからともなく現れ、空間すべてを使って物語りを紡ぎ出していく。参加者のすぐ横を駆け抜けることもあれば、背後にまわることもあるし、時には見上げるほど高い位置に登ることもある。だから、参加者も自然と物語りの世界に入り込める。まるで木や花になったみたいに、彼らの物語りをひっそり息をひそめて見守るのだ。

 


 

しかも、今回の会場はテント。強い風が吹けば布は羽根を広げたような音を立て、ほんのりと海の香りもする。物語の舞台となるのも、鬱蒼とした森を抜け、海辺の近くに建てられた見世物小屋のようなテント。そこで、人間の穢れを浄化させるためにつくられた2体の人形同士の決闘――“キャガプシー”が行われる。

 

もしかしたら開幕の合図よりずっと前、あの葛西臨海公園駅を降り、一歩静寂の森に踏み込んだときから、物語は始まっていたんじゃないか。そんな錯覚すら沸いてくる。現実と幻想が渾然一体となって、ほんの数十分前まで会社で上司の小言を聞いたり、窮屈な電車に揺られていたことが嘘みたいに思えてくる。

 

 

祈るようにして、彼らは物語りを語り続ける

主宰の末原拓馬の描く物語りは、よく“大人の童話”と形容される。確かに絵本のような世界観と、ファンタジックなキャラクターは、お伽噺の世界そのもの。煌びやかなだけでなく、人間の残酷さや俗悪さも描かれた末原の物語りに惹きつけられる人は多い。

 


 

ただ、敢えて言葉を換えて表現すると、彼の物語りは“祈り”なのだと思う。天真爛漫で、タフで、理想に燃えていて、それでいてひどく繊細で壊れやすい末原拓馬が、世界に向けた“祈り”。その“祈り”の内容は愛なのかもしれないし平和なのかもしれないし、あるいはもっと別の何かかもしれない。ミュージシャンがギターを鳴らすように、画家が絵筆を走らせるように、彼は物語りをつくることで、自らの“祈り”を他者と共有する。

 


 

以前、彼はこう言った。

 

「俺がつくりたいのは、100年先も語り継がれるような世界のスタンダードになる物語り。何かみんなもうそんなものは生まれてこないっていう前提でやっているように見えて仕方ないんだけど、絶対そんなことないと思う。ルイ・アームストロングの『WHAT A WONDERFUL WORLD』のような、ベン・E・キングの『スタンド・バイ・ミー』のような、そういうスタンダードが今の時代には絶対必要なんだよ」

 

それからしばらくして書き上げたのが、この『キャガプシー』だった。近年、書けば書くほど彼の物語りはシンプルになっている気がする。つまりそれは、より本質に近づいているということだ。

 


 

「だから俺はいつか自分で必ずつくりたい。世界をまるごと包み込むような、肌の色とか目の色とかそんなの全然関係なしにみんなが同じ感動を分かち合えるような、そういうスタンダードを」

 

きっと演劇を観たことあるとかないとか、そういうのは一切関係ない。音楽が好きだったり美術が好きだったり、もっと言えばただ草木が風に揺れるのを見ているのが好きという人の方が、彼の物語りには共鳴しやすいのかもしれない。彼のつくる物語りとは、つまりそういうものだ。

 


『キャガプシー』は516()より再演される。また、あの葛西臨海公園に奇妙なテントが出現する。多くの人が、そのことを知らない。奇妙なテントは夢のように現れ、また夢のように消えていくだろう。だけど、その事実を知っている人は、また冒険の旅へ出られる日を指折り数えて待っている。東京駅から電車で14分。それは、世界一手軽で、深遠な、非日常への冒険旅行だ。誰にも知られたくない秘密の遊びのような、あるいは世界中の人に共有したいとっておきのおまじないのような、おぼんろの物語りが今再び幕を開ける。

 

text by:Yoshiaki Yokogawa

 

<以下、INFORMATION>

20185月おぼんろ第16回本公演
「キャガプシー」
おぼんろ特設キャガプシーシアターにて

2018
516()27()
16
() 19:30
17
() 14:00★イイネ公演 / 19:30
18
() 19:30☆特典付き
19
() 12:00 / 18:00
20
() 12:00 / 18:00
21
() 19:30
22
() 19:30★イイネ公演
23
() 19:30☆特典付き
24
() 14:00 / 19:30
25
() 14:00☆特典付き
26
() 11:00 / 15:00 / 19:00
27
() 13:00 / 18:00
19ステージ ロングラン公演!
受付開始:開演の1時間前
開場:開演の30分前

特典付き公演
終演後、出演者の楽屋トークラジオをその日の参加者様限定で期間限定配信します!

イイネ公演
おぼんろが路上で芝居をしてきた時の慣わし。
基本入場無料。言い値・投げ銭での公演になります。
終演後あなたが参加して感じて、あなたが思った価値分のお金を投げ入れてください。

Ticket
全席自由席
優先入場参加チケット (5分前入場) 5000円 各ステージ限定20
一般参加チケット4500 / 当日4800
ひよっこ(高校生以下)2000
イイネ公演チケット(金額は当日投げ銭)
トリオ割10,000円(超お得な3人セット一般チケット)

公式HP
http://www.obonro-web.com/15

予約はこちらから
https://ticketpay.jp/booking/?event_id=13176