地下の防空壕で、薄汚れ年老いたコアラが泣いている。薬屋は何があったかを尋ねる。
「夢を見たんだ」とコアラは言った。
「悪夢ですね」
「逆だ」
「逆?」
「幸せな夢をみた。恋人と幸せに過ごす夢。」
「いい夢ですね」
「共に旅をしたり、食事をしたり、将来について語る夢。俺はそいつを幸せにしようと願う。それが本当に幸せなんだ。」
「それで、なぜあなたは泣いているのです」
「目が覚めたからだ。すべてが夢だったことが苦しい」
「現実でも、恋人の元へ行けばいいじゃないですか」
「殺してしまったんだ。」
「え?」
「俺が、そいつを、殺してしまった。」
コアラは赤子のように泣き続ける。防空壕のそこかしこで、虫たちが退屈そうに蠢めいている。
「助けてくれ。もう、幸せな夢を見たくない」
コアラは薬屋に懇願する。薬屋の大きなトランクを開け、小瓶を取り出す。紫色の液体が入っている。
「この薬を飲みなさい。少しは楽になるでしょう」
コアラは手渡された小瓶の薬を飲み干す。途端に目がまどろんでいく。目を閉じてコアラが尋ねる。
「なんの薬だ?」
「夢から覚めない薬です。」
「本当か?」
「嘘です。」
「・・・ならば、なんの薬だ」
「幸せな夢ではなく、不幸な夢をみる薬です。」
「ありがたい」
「恋人を殺してしまった瞬間を、無限に繰り返し夢に見るでしょう」
「そんな薬をくれたのか」
「嘘です」
「・・・ならば、俺が飲んだのはどんな薬だ」
「教えません」
「・・・なぜここにきた?」
「死んだあなたの恋人からの依頼です」
「・・・それは、本当か?」
「どう思いますか?」
「・・・嘘でなければいいのに。恋人に会いたい」
「その夢が、叶うといいですね」
「・・・夢が叶う薬は?」
「おやすみなさい。」
「・・・・・・。」
薬屋は、静かになったコアラの元から立ち去る。
薄暗い地下室に、明るい暗闇と、真っ黒い薄明かり、耳をつんざくほどの静寂と、張り詰めた騒がしさが溢れていく。