覆水盆に返らずという言葉は有名よ。国語の辞書に載ってるもの。あたし高校の時の国語の成績は4だったしね、国語の辞書ペラペラめくってたら載ってたよ。笑ったわ。


タイコーボーっていう、昔の中国人が言いました、だってさ。すごく頭が良いって言われてて偉い仕事についたんだけど、そのときに、ニート時代に自分と離婚した妻が復縁を求めてきて、そしたらこの男、わざわざお盆、てか器に水を入れてもってきてこぼして、「さあ、こぼれた水をこの盆に戻してみよ」って。それで、できなくてオロオロしている元嫁に対して「そうさ、こぼれた水はもう盆には戻せないのだ。私とお前の仲も同じさ!もう元には戻れないのさ!」って言ったの。



さいってー。



まずね、いちいちそんなことしなくてもさ、復縁しよ?って言われて嫌だったんなら「無理」って言えばいいしさ。なに、たった一言で済むこと伝えるのに演出こらしてるんだよ。あれだね、よっぽどショックだったのかもね、かつてフラれたとき。まがりなりにもよ?一応、かつて愛して一緒に暮らした女に向かってよ?なんでそんな嫌味なことしちゃうわけ。あー、男ってそういうとこあるわよね。知らないけど。いやだなあ。ドヤ顔よドヤ顔、言ったときのタイコーボー。きっしょ。寒イボたつわ。



あたしが思うのはね、この、謎の嫌味な例え話のためにこぼされた水の気持ちよ。どこで汲まれてきた水かはわかんないけどさ、お盆の中に注がれて



「わ、素敵なお盆さん!こんにちは!ほんのちょっとの間だけどよろしくお願いします。あなたの中にはいって、あなたを満たすことができたこと幸せなのです!どうかお別れするまで仲良くしてくださいな!」



なんておもってたはずなんだよ、このお水ちゃん。


それをいきなしジャバーってこぼしてさ。もう、サイッテーだよ。お盆と水、もう、最悪にかなしい別れ方だよ。



「いやだ!戻りたい!戻りたいの、お盆の中に、戻りたいの!」



と思っても戻れないしさ、そのことで目の前の女の人泣き始めるしさ、男の方はドヤ顔だしさ。地獄絵図よね。


でもさ、イケメンのお盆だったらたぶんこう言うね。言うべきだわ。



「さっきまでの僕ら・・・お盆である僕と、それを満たしている君という関係はとても素敵だった。なのに今はこうなってしまった。でもね、空になってしまって君のことを思い寂しがる僕と、こぼれてしまった君・・・もしも、君も僕の中に戻りたいって願ってくれてるとしたらこんなに素敵なことはないだろうけど・・・この、いまの関係のこともね、僕はそれなりに愛したいなって思ってるんだ。」


「・・・あなたのなかに、戻りたい・・・前みたいに、戻りたい。」


「そう思い合い続けようよ。僕はそうする。君もそうしてみてよ」




思い合ってさえいれば何が起きようとね、お盆と水の間柄は裂けやしないんだこんちくしょうめ。水は、机の汚れで濁るかも知れないし、女の涙を含んでしまったり、もう元には戻らないかも知れない。そんできっと、蒸発しちまうんだ。目に見えなくなっちゃうんだ。お盆だってさ、次の日には別のもので満たされたりするんだろうさ。でもね、そういうことじゃないんだ。


一度でも、一瞬の間でも、共にあったってことは、すごいことなんだよ。そんなこともわからないんだよタイコーボーは。そんなこともわからないで戦争の作戦立てるのがどんなにうまくたって、私の中じゃ人間として三流だよ。頭がいい?笑わせるなって話。


水は蒸発しても、空の上に登っていって雲になって雨となってまた降ってくるよきっと。きっと降ってくる。


お盆はもしかしたら壊れて捨てられることもあるかも知れないけど、それで捨てられてさ、埋められるんだよ地面に。昔の中国のことだ、お盆なんて木か粘土で出来てるんだろ?土に吸収されてさ、その上に、雨が降るんだ。


覆水が盆に返るためにはちょっと時間がかかるかも知れないけどさ、でも、不可能なんかじゃない。もしかしたら、また出会う頃にはちょっとお互い変わってるかもね、元通りの関係じゃないかもね。でも、だから何が問題なんだよ。


お盆と水のせいにするなってんだよ。タイコーボーめ。気持ちが変わったのは自分だ。お前が、本ばっか読んで仕事をしなかったから、嫁はお前との生活を諦めないといけなかったんだ。仕事がうまくいって戻れそうだってのに戻らないのは、お前が愛を諦めたからだ。ばーかばーか。・・・本ばっか読んでたくせに、そんなこともわからなかったなんて、かわいそうな奴。ぜんぜん頭なんかよくないよ。


タイコーボーは自分がお盆のつもりだったか水のつもりだったか知らないけどさ、まあ、どうせお盆のつもりなんだろうけどさ、イケメンなこと言えなかっただけだ、思えなかっただけだ。


こぼれた水は、蒸発して雲になってでもまたお盆の元に戻ろうとした。なのに雨として降ってきてももうお盆は見つからなくてさ、お水はまた蒸発して雲になって、また降るんだ、涙みたいな雨粒になってさ。何度も何度もそうするのにさ、お盆のほうが諦めちゃってたら、もう一緒にはなれない。お水は、「どうしてあのときこぼれちゃったんだろう」って思い出しながら、何度も何度も、降っては消えて、降っては消えるんだ。



タイコーボーのバカ。どこにいるんですか。

生まれ変わっても生まれ変わっても、あなたが見つかりません。


違うか、あなたがお水のほうだったのかな。

ごめんなさい、タイコーボー。